ヴァリス -フィリップ・K・ディック

投稿者: | 2006年1月27日
ヴァリス創元推理文庫
フィリップ・K・ディック
東京創元社
ISBN:4488696058

『ヴァリス』と『聖なる侵入』は、ディックの集大成と言われてはいるけれど、正直なところ、この半分の長さに切りつめても作品としてはじゅうぶんに成立したんじゃないかと思ったりする。これは「書きたいから書いちゃった」作品だなぁ…と。
ディック的な世界観や考え方の癖みたいなものが充ち満ちていて、他のあらゆる作品の「あそこの部分はここに根があったんだな」みたいなことがよく分かるという意味では、確かに集大成ではある。ディック自身によるディック事典みたいなもんだ。
でも(こういう言い方をしてしまうのは申し訳ないような気がするけれど)、ディックに夢中だという人以外は完読出来なくても気にしなくていいような気がする。

ディック連続再読をずっと続けてきてさすがにちょっと疲れてきたので、このチャレンジはそろそろやめる予定だけれど、この記事で終わってしまうとなんだか「結局ディックは大したことない」という印象を与えたままになってしまうので、ちょっと追記しておくことにする。
長編作家としてのディックは、必ずしもスゴイ出来じゃなかった。生活に追われたり、精神的な安定を長編を仕上げる期間中維持できなかったりしたためだろうと思うけれど、残された長編作品の出来は、バラバラだ。
けれども彼の短編作品を読むと、そのほとんどが「かなりの出来」であり、中には「とてもいい」ものがある。というより「とてもいい」ものの方が圧倒的に多い。実際これは驚くべきことで、ディックが大変な力量の持ち主だったことが100%証明されている。
こんな仮定は無意味だけれど、もしも彼が短編に対して高額の原稿料を受け取れ、短編だけでちゃんと暮らしていけるような環境だったら、おそらくなんの留保もなく「偉大な SF 作家」と誰もが認めただろうと思う。そのくらい彼の短編は粒ぞろいだ。
ディックに興味を持ったのでとりあえず何か読んでみたいと問われたら、私だったらとりあえず彼の短編集をお読みなさいと勧める。なんの心配もなく「きっと楽しめるよ」と言える。