『妖魔の騎士』フィリス・アイゼンシュタイン:私的な古本屋さん

投稿者: | 2010年12月29日
妖魔の騎士 上 (ハヤカワ文庫 FT 55)
フィリス・アイゼンシュタイン,井辻 朱美 早川書房
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ファンタジーの古典的名作のひとつ。
先日それと気づかずに読み返したのだけれど、こんな本まで絶版のままになっているのはなんとも残念。
まあそれを言ってはって話だけれど、今ならAmazonとかの古本でメチャ安いからぜひ買おう。払う金額で損をしたと思うことは絶対にあり得ない本だから。

出版当時めるへんめーかーのイラストによる表紙に「だまされた」という声がずいぶんあったようだけれど、いまやもうめるへんめーかーに固定イメージ を持っている人自体少なくなったかもしれず、本当に時の流れを感ずるが、そんなことは全くの余談。力ある魔術師である母は生き別れた恋人の思い出だけを胸 に世間に心を閉ざして暮らし、その息子は父親を探しに旅に出て自分にとっても母にとっても実に意外な結末にたどり着く、というまあそういうある意味非常に 古典的といってもいいような筋立てだけれど、素朴な語り口で結構キツイ真実をえぐりながら進んでいくあたりなかなか。

妖魔の扱いや魔法の設定などが、ごく自然に感じられながら他であまりみない独自性もあって、読んでいてとても楽しい。この展開、この性格設定とくれ ばどうしたってハッピーエンドにしかならないということが分かりきっているので(話の筋の細部はべつとして)結末は予測できるとも言えるが、別にそれで楽 しみが減るわけではない。なんというか、昔話や童話が、ある種の定型にそって語られるのがお約束だとしても、語られている間の細部にその話の命の本質があ るというのと同じことで、この話も落ち着きどころが予測できてもなんら困らない。

息子の自己発見、母の人生の回復、という筋立てでもあるけれど、父親であるとある存在が愛を貫くために苦闘する話でもある。息子が歳も若く性格も良すぎて、時にやや薄っぺらに感じられることもあるのに対して、この父親である存在は極めて魅力的。

この物語の欠点をひとつだけ挙げてしまうとしたら、いい人が多すぎ、ということかな。これは正直なところこの歳になって読み返してみたら気になった。でもまあ、それだけ自分がいろんなものを素直に信じなくなったということの裏返しでもあるなぁ、とも思った。