FAXについて(2)

投稿者: | 2011年3月21日

書店の現場で起こること

書店には毎日大量のFAXが届きます。
たとえば一日に60枚のFAXが届いているとしましょう。
書店員が一枚のFAXを見て、内容を把握し、注文を出すべきかどうか判断し、最後に何冊注文するか決断するまでには、どんなに短く見積もっても1分はかか ります。すると、全く休みなくテキパキと判断を下していったとしても60枚のFAXを処理するためには最低でも60分かかります。
忙しい書店の日常にとって60分という時間はかなりの長時間です。そして、もちろん実際には、全てのFAXに対してその場で即断即決できるとは限りません。
決断しかねて「保留」になるものもありますし、もっと悪いことに、ざっと目を通しただけではFAXが訴えようとしているポイントがつかみかねて「あとでもう一度読み直そう」と思うものもあります。
このようなものは、とりあえず「脇にのける」ことになります。
しかし、毎日新しく届き続けるFAXに加えてこのように「脇にのける」ことになったものが増えれば、当然さらに時間がかかるようになりますから、多くの書店人は「脇にのける」ことにしたFAXの大部分は二度と見ないのです。
残念なことですが、これが現実です。

え?見ないの?
もっと強い責任感で仕事をしようよ。
ごもっとも。

 

書店の現場への理解

ここであらためて、書店の現実へのご理解をお願いしましょう。
「書店員は忙しい」とはしばしば言われることですが、これは単純に非常に多忙な職場であるということとは、少し違います。
実は暇な瞬間もあります。365日24時間ずっと忙しいわけではありません。書店員は忙しいという印象を強く与えている原因は、忙しいか暇かを書店員自身がほとんどコントロールすることが出来ない、ということにあります。
書店員は(チェーンの本部要員などの特別なケースを除いて)どんなに地位が高くても、高齢でも、全員が接客も仕入れや展示も行い、現場に直接かかわること がほとんどです。ですからいくら本人がいまから1時間仕入れに集中したいと思ったとしても、それは「そう希望している」だけでその通り仕事を調整できると いう保証は全くありません。

書店員の仕事ぶりは従ってしばしば非常に細切れになります。
丸1時間集中して仕事をする場合と、細切れの時間の総計が1時間になる場合とでは、質的・量的に仕事の成果が全く異なるということは皆さんももちろんご存じの通りです。
責任感の強い書店員は、細切れの仕事であってもなんとか質・量ともに良い仕事をしようと常に努力していますが、そのために、一気に全く他の仕事に移る、瞬 間的に集中力を高める、というような精神的にかなり負担のかかることを一日中繰り返します。これははたで見ているよりもずっとその人を疲労させます。
前回の冒頭付近で『人間が処理できる情報量には、時間的にも体力的にも集中力の持続の面でも、限界があり、限界に達した時点からあとの情報はひどくおざなりにしか扱えないか、あるいはばっさりと放棄されてしまいます』と申し上げた意味は、そういうことです。

さて「非常に細切れに働くことを余儀なくされるのが書店員の現実である」ということであれば、それに適した形で情報を提供した方が好まれます。

これは、昼休みと昼食場所の選択、と同じことです。
多くの企業で昼休みが1時間しかないからこそ、昼食を提供する店は「素早くサービスする」ことを目指していますし、人々も自然にそのような店を選びます。
昼休みの時間が社員自身の裁量に任されているなら、もしかすると準備に時間がかかってもよい料理を好む人もいるかもしれませんし、そのような料理を昼時に提供する店も増えるかもしれません。
逆に言えば、多くの企業では昼休みは1時間であるという現実が変わらない限り、安くて良質だけれどサービスされるまでに30分以上かかる料理を出す店が、昼時に繁盛するという可能性は、あまりないでしょう。

FAXをその場で読んでもらい、発注の決断までその場で済ませてもらわなければ、大量のFAXの中からこぼれおちてしまいます。
このことから、FAXはぱっと見て内容のポイントが把握しやすいことが第一条件だ、ということが分かります。では、具体的にどうすればよいでしょうか。

具体的には?

情報は少なく

版元さんの思惑や意気込みとは相反するかもしれませんが、情報は限界まで少ない方がよいです。単純に、読む量が少なくてすむので疲れないからです。疲れなければそのエネルギーを実際の仕入れを判断することに回せます。

書店員が必ずチェックする情報は以下のものです。

  1. 出版社
  2. タイトル
  3. 内容の簡潔な要約
  4. 著者
  5. 価格

逆にこれだけがしっかりと書かれていれば、他のものは必要ないとさえ言えるかもしれません。
「え?キャッチコピーや、読者対象は?」
書店員は一般読者ではないのでよほどのことがない限りキャッチコピーにあおられることはありません。読者対象も(真剣に仕入れようとしているなら)自分の店の客層のどこに向けて展示するかを自分で考えるので必要ありません。

意外になおざりにされているのが出版社名だということには注意してください。
出版社名が非常に小さかったり、注文短冊部分にしか書かれていなかったりすることがよくあります。出版社名は目立つところに、堂々と大きく書いてください。

空白を活かしたレイアウトで

その他の情報をFAX内に盛り込んで下さってももちろんかまいませんが、その時は上記の5項目とは差を付けて、はっきりとメリハリを付けてください。

レイアウト上の工夫で特に大切なのは空白です。
空白は目を休め、区切りを明確にし、情報を素早く整理して理解するのに非常に役立ちます。囲み罫を多用したり感嘆符「!」をやたら飛ばしたりするよりもよく考えられた空白の方が力があるというのは、デザインの勉強をかじったことがある方ならご存じの通りで す。
FAX をレイアウトする時「伝えたいことを書き並べてみる」ことから始めるのではなく「これだけの空白をこのレイアウトで維持する」ことを先に決めてしまってから、残りの部分に入れられるように書いてみる、というくらい極端なやり方でも良いでしょう。

画像はほどほどに

表紙画像を添えることで訴求力を高めたいという意図は分かりますが、FAXは解像度が低いです。期待したようなきれいな状態で画像部分が届くことは決してありません。網点で描かれた、品質の落ちた状態でしか届かないのです。

凝った絵柄であったり背景が濃い色だったり、グラデーションを多用したものだったりすると、何がなんだか分からない網点のぐちゃぐちゃの濃淡になり果てていることも良くあります。これでは訴求力を高めるどころか、むしろ不快感を与えているようなものです。

表紙画像を添えたい場合は、必ず元の画像をFAX送信に耐えるように再処理してください。
場合によっては、元のデザインの細部が飛んでしまうことには目をつぶって、グレースケールに変換したものをさらに明るさを高めコントラストをややオーバーに強調するというような思い切った処理が必要になるかもしれません。

また、表紙画像以外に効果が期待できるのは著者の顔写真です。
著者が「顔が売れている」場合には瞬間的に書店員が過去の著作などを思い出す助けになるので文字よりも効果的です。
上記以外の「単なる紙面の飾りとして扱われるべき画像」は出来るだけ使わないでください。キャラクター商品などである場合は除いて(これは著者写真と同等です)、よけいな画像は注意力を分散します。
画像は確かに文字よりも一気に人の注意を引く力があります。その力があるからこそ、必要以上に使った場合には注意が分散し、印象が混乱します。

手書き文字が効果があると思うのは神話に過ぎない

今でも「手書き文字の方が親しみを感じてもらえるのではないかと思いますが」とおっしゃる方がいます。
ごめんなさい。
今はもう関係ないです。
たとえ親しみを感じたとしても、それだけを特別扱いにして丁寧に読んでいる暇自体が無いです。
ある程度の大きさのフォントで組んでくれた方が、ずっと読みやすいです。

FAXはプレゼンテーション

ここまで申し上げてきたことは、すでにお気づきのように、少しも特別なことではありません。目新しいことは、ひとつもありません。
情報を整理し、優劣をはっきりさせ、視覚的に素早く把握しやすいレイアウトを心がけてください、ということだけです。実に平凡です。
ただし「言いたいことを言う」のではなく「誰に何を伝えたいのか」を最優先するという考え方でやってくださいね、ということです。
つまり、プレゼンテーションです。
FAXはプレゼンテーションです。訪問営業がまさしくプレゼンテーションであるのと同じく、FAX情報もプレゼンテーションです。資料ではありません。

※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。