スキルを超えて、美談を超えて

投稿者: | 2011年4月23日

先日電車の中で花を中心テーマに据えた北海道の観光キャンペーンポスターを見ました。私は北海道出身者なのでちょっと興味を引かれたわけですが、キャンペーンのために
http://www.hanatairiku.jp(花大陸Hokkaido)
というドメインをとっていることに気付きました。
上記にアクセスしてみると分かりますが、これは北海道庁自身が正式に運用にかかわっています。
家電の特定製品、映画の期間限定のキャンペーンなどがこのような別ドメインの使い方をすることはよくありますが、地方自治体が独立した別ドメインを軸にキャンペーンを展開するのは比較的珍しいかもしれません。

しかし考えてみればドメインを取得する経費はせいぜい数千円以内ですから、その意味ではとてもお買い得な決断です。運用するサーバの能力(どんな機能があ るか、どのくらいのアクセスまで耐えられるかなど)をどのくらい求めるかによっても変わってきますが、ドメインを一年間維持してサイトを開設するだけなら 年間トータルで数万円でも可能です。使わないのはむしろもったいないでしょう。

出版社さんの間では、ウェブサイトを開設してもそれが売り上げを生むことはない、というような消極的な意見をよく耳にします。
本当にそうでしょうか?
最も控えめにとらえても一年間に使う広告費として考えれば激安です。新刊や力を入れたいシリーズのために別途オリジナルドメインをとって、その専用サイトを積極的に運用すれば、おそらくもっと効果が出るでしょう。
効果がどのように出るのかは、運用しだいです。ウェブサイトそのものに媒体として「力がない」のではありません。

巨大なサイトは使えない

特定の業界内に限らず、「巨大なサイトはダメだ」と表だって言われるのはあまり聞きません。しかし、閲覧し利用する側にとっては巨大なサイトは頭痛の種です。
いくら有名な企業であっても、いくら充実した内容であっても、巨大なサイトの中で自分が求める情報を探し当てるのは実に面倒なものです。
たとえば特定の製品に関するちょっとしたマニュアル、あるいはコンピュータ関連商品であればその製品に必要なドライバなどを、巨大な企業サイトの中からピンポイントで見つけだすのは全く大変です。
xxxx.download.comというようなその企業で扱う製品のダウンロード専門のサイトがあればいいのに、と何度も思ったものです。

そもそも、サイト内検索の機能をつけた方がよいかな?と感じられた瞬間から、すでにそのサイトは大きくなり過ぎ始めています。目的に応じてサイトを分割し、別のドメインにし、そして相互にリンクを貼っておいてくれた方が利用者にとってはよほど便利です。

そのような意味合いからしても、特定の目的のために一社で複数のドメインを所有して運用することには、はっきりと意義があります。その社の「看板」である会社名入りのドメインのサイトにどれほど大量のアクセスがあったとしても、それだけでは特に意味はありません。
特定ドメインで実際に何かに「利用」してもらえる方がずっと意味があります。

「結局俺は体のいいIT雑用係か」とため息をついているシステム担当者のあなた。そう、あなたです(笑)。ため息をつくばかりではなく、そういう発想で創造的にシステム運営の提案をしてみてはいかがです?
思い切って別ドメインをとって何かをやってみようと考えてみて下さい。とりあえずは「もしもそうしたら~」という空想でけっこうです。その時自分たちに何が出来るか、どんなことを展開できるか、考えてみてください。
システムを任されるほどのあなたであれば、私がここに書いた以上のことをいろいろと思いつけるはずです。「いやサーバは別にしなくてもとりあえずドメインさえあれば…」とか「.htaccessを活用すればあんなことも…」とか、いくらでもアイディアが出るはずです。

スキルを超えて

IT関連の技術に限った話ではありませんが、人は自分が直接関わっていない分野や強い興味を持っていない分野に関しては驚くほど無知だったりします。
ネットもメールもそこそこ使いこなしていると信じていたとある知人がいました。ある日私がネットをうろつき回っている姿をじっと背後から見ていたあげくに、ブラウザの[戻る]ボタンを押す私を見て「あ…そうするのか」とつぶやいた…というのは正真正銘の実話です。
その人にとってインターネットの世界はおそろしく不自由なものだったに違いありません。[戻る]ボタンに気が付くまでは。
どんな分野のどんなことでも、特定の知識やスキルがないために、分野全体の持つ可能性を誤解したり過小評価したりする可能性があります。
ブラウザの[戻る]ボタンに気付いた知人は、単にそのようなスキルを身につけた、わけではありません。おそらくインターネットの世界そのものが違うものになったでしょう。
いつでも世界そのものが変わってしまう可能性があると信じて人の話に耳を傾け、自分も語るという態度を保つことです。その態度があってこそスキルが単にスキルであることを超えられるのです。

旅行代理店は、「とりあえず」、えらい

ところで、旅行産業というものはバリエーションが非常につけにくいもので大変だろうなぁと思います。
なにしろ100年前も100年後も熱海は熱海です。熱海が急にオーロラが見える町に変わってくれるなんてことはありません。熱海の隣に毎日のように地殻変動で「熱々海」や「冷海」が出来たりもしません。
原則として「既にあり」「飽き飽きするほど昔からあり」「いやになるほど属性が変化しない」ものを商売にしていかなくてはなりません。

それでも旅行産業は毎年様々な工夫を凝らして人々を旅行へ誘います。
その「工夫」には、交通会社や宿泊施設、地元産業などとの連携を必要とします。温泉ブームになればどこもかしこも急造の露天風呂を売りにするというような有様は如何なものかという話も、たしかにあります。
そのうち南極の昭和基地にまで露天風呂を作らせてツアーを組むんじゃないかと思ったりするほどで、昭和基地側に受け入れの意志があるならば100%の冗談では済まされないような気さえします。
とはいえ少なくとも、旅行代理店はそういうものを作りましょう、というような示唆まで含めて必死の調整・連携・説得をします。その努力そのものは、実にたいしたものです。
また、そのように関係する各方面が力を合わせて動かなければいわゆる「ツアー」や「パック」は成功しないのだということでもあります。

それは力を合わせているとは言わない

上述のような意味合いで、出版業界の各方面がちゃんと力を合わせているかということになると、大いに疑問です。
出版社・取次・書店のどこがそれぞれどのような役割を担うべきかということについてはここではあえて書きませんが(笑)、ほとんどの場合ある商品が生まれたあとはただ市場に放り投げているだけです。実におおざっぱです。
広告を出す、ポスターを配る、POPを書くというようなことだけでは、力を合わせているとは言いません。

それぞれ個別の努力は大変素晴らしい場合があることは100%認めます。それでも、それらはバラバラに行われているだけで関係者の間ではっきりとした方向 性を目指した打合せがされているわけではありません。共通の目標に向かってはっきりと力を合わせているのとは少し違います。

ある書店の担当者が素晴らしい企画を思いついたり、素敵なPOPを作り上げる。ある出版社の編集さんや営業さんが特定の商品に強い愛情を注いで精力的に販促する。
美談」ではあります。でも(ちょっとひどい言い方ですが)それだけのものに過ぎません。
美談は結局のところ個人プレーです。個人プレーだからこそ美談であり、みな賞賛を惜しみませんが、賞賛して満足しがちです。
だっていい気持ちになれますからね。

「美談」を超えて

美談で何が悪い、POPを作る努力をバカにされる筋合いはないぞ、とちょっとムカムカしてしまった方もあるかもしれません。ごめんなさい。
でもあなたには本当はもっと先に行ける力があるのに、気持ちよくなってそこにとどまっていませんか?

今はどこでもPOPが大流行です。
でも冷静に書店の店内「全部」を見回してください。POPはどこに立っています?
文庫・文芸書・児童書、そして少数の実用書や専門書といったところでは?
POPというものに効力があると本気で信じているのなら、なぜ雑誌に手書きPOPを立てないのです?
数が多すぎるから?
毎月の文庫の発売点数だってちょっとしたものでしょう?
ひと月しか販売期間がないから?
本気で惚れ込んだならバックナンバーとして販売し続ければいいでしょう?
雑誌にもPOPを立てるべきだと主張しているのではありません。
もしも文芸書や文庫、児童書などなにかしら「素晴らしくてためになる」ものだけがPOPを立てるに値すると思っているなら、無意識にせよ、それはまさに個人の趣味、個人プレーの域を出ていないのです。

出版業界には他の業界に比べてもおそらく「美談」が非常に多いのではないかと思います。そのこと自体はとても素晴らしいことです。美談になる行動をしたくなるような商品が沢山ある素敵な業界だという証拠でもあります。
だからこそ単なる美談を超える努力や発想をして欲しいのです。

※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。