手抜きな、迷子の夢

投稿者: | 2014年6月21日

梅雨に入って気温と湿気の激しさにやられてまたまた体調を落としているさなか、お約束の「迷子の夢」を見た。
体調が悪くなったり、人生に行き詰まったりするとそういう夢を見がち、ということは以前書いたことがあるが、正直なところ最近は(いちいちブログに書かないが)けっこう日常的に見ているような気がする。じゃあずっと体調悪いままだったり、人生行き詰まったままだったりするのかと言われると……自信を持ってきっぱり否定出来ないような気がするところが困る。

それはさておき今回は、東京のとある街角をうろうろと歩いていて、角をひとつ回った途端にまだ頂上にうっすら雪をかぶったままのよく知っているような気がする山の姿を正面に見て「あ、北海道に来てしまった」と気づく。一歩踏み出したとたんに瞬間移動しているという、斬新というか、手抜きというか……まあ、手抜きなんじゃないかと思う。
昔から数えきれないくらい見てきた迷子の夢は、基本的には、延々とうろうろしている間にだんだん骨に染みこむように「ああ、また迷子になったな」という虚しい哀しさがしみてくる。そこを一気に省略して瞬間移動させて「はい、迷子」というのはなぁ。ウィザードリィのトラップじゃないんだから。

角を回った途端に瞬間移動しているのだから、一歩後ろに下がれば良さそうなものだが多分はそうはいかないだろうなぁ、とぼんやり、うんざりしながら足をとめているところで目が覚めた。
まあ、これは分かる。
ひどい方向音痴の人間にとっては曲がり角というのは、一度曲がったら二度とちゃんと元の所へ戻れる保証がなくなる極めて危険な存在で、「元通りに逆行すれば戻れる」という論理がなぜか無効になる。
時間的な経過の中で行なってしまったことの多くは時間を遡ることはできないのでもとに戻すことが出来ない(覆水盆に返らず)。一方、間違った角を曲がったということ自体は(その間に失われた無駄な時間や、そのために遅刻が確定的になって先方に詫びを入れなければならないということなどは取り消せないが)きちんと逆行することでリセットできる。出来るはずなんだが、なぜかひどい方向音痴の人間にとってはまるで決して逆行できない時間経過と強引に絡み合ってしまうかのように「さっきまでは正しかったはずの物理的ポイント」にも戻ることが出来ない呪いがかかってしまう。

いろいろ、大変である。

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