スティーヴン・キングを読み返す

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4月 062013
 
Library

なにがきっかけだったのかもう忘れてしまったけれど、スティーヴン・キングの作品はほんとうに面白いのか、ということが気になった。
より正確に言うと、これまで沢山のキングの本を楽しんで読んできた、はず、だが、今この歳になって読み返してもやはり本当に面白いのか、ということが気になった。
そこで、他の本の読書の合間に、初期作品から順々に組織的に読み返しはじめた。

そして、気づいた。

「呪われた町」とかの頃までのキングって、そんなに上手くない。「シャイニング」もそう。
あまりにも普通のアメリカの田舎の日常の描写を丁寧に重ねることでかえってじわじわと異常性へのスリルが高まる、というのがキングを評するときの定番で、手法としては事実その通りなのだけれど、この頃のキングは実はまだそれに習熟していない。
ズバリ言ってしまうと、そのあまりにも普通のアメリカの田舎の描写が、あまりにも普通で退屈な時がある。無駄にかさばっている。

キングをたくさん読んできたとはいえ、もちろん私は一冊も原書では読んでいない。
だから厳密に作家としてのキングを分析的に評価する資格はない。翻訳の質に左右されるという要素も加わってしまう。
でもキングのほとんどの作品は名翻訳者である深町眞理子さんが手がけたものであり、数冊の範囲でその翻訳の質が大きく変わるとは思えない。よって、作品の質に感じられる変化は、おおよそはキング自身のものだ、と考えても大丈夫だろうと思う。

「ファイアー・スターター」になると、急に良くなる。
今回読み返すまで実は忘れていたが、チャーリーが生み出されるきっかけとなった彼女の両親の過去が、しばしばカット・バックとして入ってくるが、これが話の流れを混乱させずに読ませるというだけでも実に大したもので、この頃キングは作家としてはっきりレベルが上がったんだな、ということが如実に分かる。

さて、まだこのままキングの読み返しを続けていくつもりで、きっともうひとつくらいは面白い発見があるだろう、あるといいな、とは思っている。
しかし、飽きるかもしれない。いくらキングであっても、一人の作家を読み続ければ、飽きる時は来る。
だから、とりあえず初期作品を読んだところで、一旦記事にしておいた。

デビッド・ボウイの新譜を予約した

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2月 212013
 

next day
デビッド・ボウイの新譜 The Next Day を予約した。

さて。
実はちょっと迷った。
でも結局、Amazonで物体としてのCDを購入することにした。
ちょっと迷った、という自分の中の心の動きが、興味深かった。

最終的には、ひさびさのボウイだし、ひょっとしたらこれが最後のアルバムになるってことも無いわけじゃないような年齢にボウイもさしかかっているし、そんなこんなを考え合わせると、なんだか「物体としてのCDが手元に欲しい」という結論に達した。

もっと若い人だったらどうなんだろうなぁ、と思ってみても、よく分からない。
若い人が特別な思いを持ってボウイの「The Next Day」を買うという例はあまり無さそうな気がする。年齢に関係なく、ボウイの音楽が好きな人はいるだろうけれど、同時代に近い感じで生きてきて、もうボウイもこのままフェイドアウトするように引退していくのかな、などと時々思い出したりしていて、そこへこのThe Next Dayがいきなり来て…というような特別感を持つ人は、多分少ない。
そうなると「わざわざ物体としてのCDを買う」という行動をどう思うか、尋ねてみるのも難しいのかな、と思ったりした。

2月 032013
 

私は昔から、時計を見なくてもおおよそ今何時なのか分かる。
大体前後10分程度以内の差で分かるし、調子がいい時だと1分しか違わないとか、ずばり1分以内だったりすることもあり、それがものすごく珍しいという程でもない。つまり、かなりしばしば5分以内程度の差で時間を言い当てることが出来ている、ということ。

たとえば、外をしばらく歩いていていて、周囲に時計はなく、自分も携帯をもっていない、というような状況でも、分かる。
夜中にふっと目が覚めて、まだ外も暗くて、部屋に明かりも物音もなくても「多分今4時ちょっと過ぎだ」などと分かる。
そして、時計を確認すると、だいたい合っている。
ひどい方向音痴のくせに、時間は、分かる(苦笑)。

自分ではそれなりに便利な能力だと思ってはいるけれど、実は、なぜ分かるのかが、まったく分からない。
気になって自分自身を観察し始めてから、本当は自分は「いま何時なのか」という問に即答はしておらず、ちょっと考えてから答えを出している、ということに気付いた。
夜中にふっと目が覚めた時、反射的に「◯◯時頃かな?」という思いが浮かびかけるけれど、そのあとちょっとの間本当は何時なのかを考えている。そして、考えた後で出した答えが99.9%確実に正解に近い。
分からないのは、じゃあその時何を考え、何を参照して本当の時間を推測しているのか、ということだ。
自然の光が一切差し込まない無音室にでも閉じ込めて実験してもらわないと断言できないけれど、あまりにもいろいろな環境、いろいろな状況でも、ほぼ同じく時間を当てられるので、光の具合を無意識に確認して計算しているとかそういうことは無さそうに思う。
だとしたら、反射的に浮かぶ(間違った)答えを否定して正解に近い答えを引き出してきている仕組みは何なのだろう、というのが分からないわけだ。

自分を観察してみて別のことにも気付く。
たとえば仕事に集中してPCを前に何時間か経っていた、というような時には、時間あての正解率が低いか、いつものように「ちょっと考える」だけでは分からないので(その方が早いので)結局時計を見てしまったりする、ということにも気付いた。
だからひょっとすると、やっぱり自分の体内の何かを無意識に参照しているのかもしれない、と思ったりするが、その「何か」がなんなのかは分からない。

そんなものがあるのかどうか知らないが、絶対音感のように絶対時感の持ち主というのが存在するかもしれないが、少なくとも私はそうではない、というような感じがする。相対時感の能力が優れているけれど、絶対時感の持ち主ではないので、最初の直感で即答することは出来ない。

海外でやってみたことがないので、時差が大きくある国でやっても同じく時間が分かるのかとか、白夜の時期の北の国でやってもほぼ正しく働く能力なのかとか、考え始めると(自分のことなんだけれど)いろいろ実験したいことが思い浮かんで尽きない。

なぜそれを「歴史」と感じるんだろう

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1月 272013
 

1966年東京の日常生活を記録したドキュメンタリー映像 – モジログで知って、観てみた。

45年とか50年とか経ってしまうと、それはもう個人と直接連続している過去ではなく、感覚としては歴史になってしまうんだよなぁ、などと思う。
若い人の多くにとっては、その頃生まれてもいないわけだから当然、それは自分と直接つながりのない「歴史」。
でも不思議なことに、今54歳の私にとってもかなりの程度、歴史に感ずる。私は1958年の生まれだから、実は1966年のこの映像の中の子供達とあまり変わらない年頃にこの映像の中の世界を実際に生きていたはずだ。だから論理的にはこれは私個人とちゃんと連続しているものと感じられてもいいはずだが、あまりそうは感じない。
まるで、時もある程度以上経つとかび臭く変質してきて、自然に歴史臭さのようなものが漂ってくるかのようだ。
以前から、なぜそれを「歴史」と感じるのか、というカラクリを解き明かそうとしているけれど、いまだに分からない。絶対に幾つかそう思わせる理由があるはずなんだが…。

ところで上の映像は、当時は人々がどんな服装をしていたかとか、どんな行動をしていたかといったような記録としてはよくできているけれど、現在の感覚で言うところのドキュメンタリーとはいささか違うということは、ちょっと意識しておいたほうがいいかもしれない。これは、記録したいものを映像にきちんと残すためにお膳立てされ、演出されている。
冒頭付近で牛乳屋が配達に来るがお母さんが牛乳を取り込む時に、空き瓶がそこにおいたままになっているのが見える。あれは、ない。牛乳屋は前日の空き瓶の回収を同時にやるわけで、ああいうところを見ても、映像におさめるために「はいではいつも配達するようにバイクを走らせ下さい」的なことをやったんだろうと思う。
当時は今のように小型で、手持ちでもブレを抑えこむような高度なカメラはなかったから、お父さんがバイクで出勤するシーンもかなり大掛かりに準備してから撮っているはずだ。
だから、当時をある程度覚えている自分が観ても、記録されている風俗や行動はほとんど正しいのだけれど、リアルタイムに近い状態で演出なしでどんどん撮っていってあとから編集で仕上げるという現在の簡易なドキュメンタリー手法とは違う。

さて、そんなことは全部余談で、なぜ50年経つと自然と歴史臭がしてくるのかという謎の答えが、やっぱり分からない。

1月 202013
 
セミナー

これまでやらせていただいた「書店営業の基本セミナー」の、個別詳細編、という感じのものです。

書店営業促進ツール活用術セミナー

日程:2013/02/21(木)
時間:13:30~17:30 (13:00より受付開始)
会場:トーハン本社 (東京都 新宿区東五軒町)

「書店営業の基本セミナー」では、小売業とはそもそもどういうものなのか、そしてそれに対する営業とは、というようなことからお話を始める場合も多いためどうしても扱う範囲が広くなり、対面での営業行動を実習する以外は個別項目について詳細に触れるのは難しい面がありました。
以前からご要望もありましたので、ファックス原稿を具体的にどういう点に注意して作成したら良いのか、電話営業はそもそもしても良いのか、など「書店営業の基本セミナー」では時間的に割愛せざるを得なかったようなことについて、実習も交えて集中的にお話をすることになりました。

このセミナーには、外回りで実際に書店さんを訪れる方だけではなく、社内でそういう方々を支えている立場の皆さんにも、出来ればおいでいただきたいなぁ、と思っています。
ここ、けっこう大切なポイントです。
社外に出る方と社内にいる方が協力しあうと、実際の効果が全く変わってきます。

ご参加お待ちしております。

2月1日 追記:
早くも募集定員に達してしまったそうです。
ありがとうございます。
びっくりですね。

最近Chromeに入れている拡張

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1月 012013
 

Chromeやっぱり書かないとなんとなく片手落ちになるような気がするので、Chromeの分も書いてみる。(※最近Firefoxに入れているアドオン

ChromeではFirefoxほど真剣に拡張を探していない。
わりと多くのものがFirefoxで入れているアドオンと同等の働きをするものを見つけることに主眼を置いているので、Chromeならではの面白さも、ほとんど追求していない。

(アルファベット順)

  1. Adblock Plus
    基本的にFirefoxで入れているものと同じ。
  2. Awesome Screenshot
    これもFirefoxで入れているものと同じ。
    ブラウザ画面のスクリーンショットツール。
  3. Chrome リモート デスクトップ
    ネット越しに他のマシンのデスクトップに接続できるものとしてLogMeInのサービスが老舗であり安定もしていて信頼感が高い。ただ、いろいろな付加機能をそれほど必要としておらずとにかく繋がって操作出来れば良いのであれば、これはかなりおすすめできる。何より、動きのある画面であっても素早く反応する点はLogMeInよりあきらかに優っている。
  4. Create Link
    見ているページをプレーンテキスト形式やHTMLのlinkコードでクリップボードに入れてくれるツール。
    Firefoxで入れているFireLinkと同じような機能。
  5. Feedly
    Firefoxで使えるFeedlyともちろん同じだが、ただしほぼ常にChromeの方が先に新しいバージョンが提供される。時期によってはバージョンが長いこと異なったままということもある。
  6. Firebug Lite for Google Chrome
    これもFirefoxで入れているものと同じ。
  7. Readium
    EPUB3ブックリーダ
  8. Recognize It for Chrome
    FirefoxアドオンにあるFireGesturesの機能をほぼChrome用に移植した、マウスジェスチャー用ツール。
  9. RSS Subscription Extension
    RSSを提供しているサイトではおなじみのオレンジ色のRSSアイコンが表示され、ワンクリックでRSSリーダに登録できる。
  10. SPDY indicator
    Firefoxで入れているものとまったく同じ。
    Googleが提唱した新しいプロトコルSPDYに対応しているサイトならアイコンが表示されるというだけの、単なるミーハーな気休め。
  11. Stylish
    定番なのでChromeにもFirefox同様に入れているが、実はほとんど使っていない。
  12. TweetDeck
    Chromeアプリ版のTweetDeck。
    Twitterクライアントとして今はこれを使っていることが圧倒的に多い。
  13. URLShortener
    要するに短縮URLを作ってくれる拡張だけれど、そこそこ使いやすいことに加え、対応しているサービスにバラエティがあって楽しい。FirefoxでのCutyfox URL Shortenerの代わり入れている感じ。
  14. マルチ検索
    正直Chromeでは必要に応じて検索エンジンを切り替えながら検索するのはちょっと面倒臭い。検索エンジンに割り当てたキーワードをタイプして…というやり方は簡単で素早い操作ができそうに見えてその実肝心な時にキーワードが思い出せなくて役に立たなかったりする(自分の場合は)。
    ということで、ツールバーのボタンからプルダウンで検索させてくれるこの拡張を使っている。

新聞が読みにくい

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12月 302012
 

数ヶ月前業界関係の新聞を読んでいて「読みにくいなぁ」と、ふと思った。
それから少しして、偶然一般の全国紙を読んで「やっぱりとても読みにくい」と思った。
昔々はそんなことは思わなかった。ごく普通に読んでいた。

新聞のレイアウトは、実は相当に変わっていると思う。
一枚の紙に限界までびっしりと文字を詰め込むために工夫に工夫を重ねた結果なんだろうな、ということは想像できるけれど、やっぱり相当に変だ。
一行が妙に短いうえに、どこからどこへ段落が繋がって行くかというのが、かなりおかしい。紙の新聞を読むという行為そのものに慣れていないと、段落の続きがどこにあるのかしばしば分からなくなるだろうと思う。
自分が「読みづらい」と思った理由のひとつがまさにそれだった。
もう随分前から紙の新聞の購読をしなくなったので、子供の頃からずっと蓄積されていた紙の新聞を読む技術をついに忘れてしまったのかもしれない。

私のように紙の新聞があって当たり前で、それ以外のものが存在しないという時代を生きてきた人間であっても、長年毎日それを読むという習慣をなくすると読めなくなるのだとすると、ひょっとしていわゆるデジタル・ネイティブなどと言われるような世代で、そもそも子供の頃からほとんど紙の新聞を読む習慣がなかった人の内けっこう多くが、紙の新聞は意味不明のレイアウトで読みにくくてしょうがないとうんざりしている可能性もある。
複数の新聞社が(Web公開版ではなく)端末に落として見られる有料の電子版を始めていて、そのほとんどは「紙面を再現」している。しかし、これはひょっとして駄目なんじゃないだろうか、と余計なお世話だけれど心配になる。
紙の新聞を読み続けてきて、あの変態的なレイアウトに無意識についていけるほど慣れている層じゃないと、わざわざ電子版を読みにくくしているとしか感じないかもしれない。

この話に、これといった結論はない。
でも少なくとも(これだけの歴史があるものに対して決めつけるのはためらわれるけれど)、新聞紙面のレイアウトが優れているわけではない、と今は思っている。
習慣と訓練の結果としてほぼ無意識に受け入れてきたけれど、まさにそこ、習慣と訓練をしていたのは読者である自分の側だったのか、というのがちょっと新鮮な驚きだったのだ。

最近Firefoxに入れているアドオン

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12月 292012
 

firefoxさて、ものすごく久しぶりにFirefoxのアドオン(拡張)について書いてみたりする。
昔は検索サイトやはてブで上位に入ることもあるようなFirefoxに関する記事を書いていたこともあるなんて、自分でも今となっては信じられないね。
あんな面倒くさい記事、よく書いてたなぁ。
 

(アルファベット順)

  1. Adblock Plus 1865-32
    何度か使わないで過ごそうとしてみたこともあるけれど、結局耐えられなかった。
    ネット上の広告だけがひどいとは言わない。それは郵便受けにどんどん放り込まれるローカルなチラシのデザインや内容のレベルと同じようなものだ。ただ、それをいつもいつも見せつけられるのには耐えられない、というだけのこと。
  2. Add to Search Bar Add to Search Bar
    いろいろなサイト上にあるサーチボックスを簡単にFirefoxのサーチボックスに取り込める。
    非常に便利で昔から使っている。
  3. Awesome screenshot Awesome screenshot
    ブラウザ画面のスクリーンショットツール。
    ただそれだけ。
  4. Bookmark Favicon Changer Bookmark Favicon Changer
    ブックマークの右クリックでファビコンを変更できる。
    ファビコンが提供されていないものに適当なアイコンを当てたり、同一サイト内の別ページを常時区別できるように独自のものを割り当てておきたいときなどにとても便利。
  5. Context Search default-32
    文字選択をして右クリックすると…で検索する、のメニューが表示される。
    Firefox本体に入っているサーチを使うので独自にメンテナンスする必要がないのも良いところ。
  6. Cutyfox URL Shortener Cutyfox URL Shortener
    単純なURL短縮ツール。
    bit.ly, j.mp, goo.gl, is.gdそしてmcaf.eeが選べる。
  7. feedly feedly
    Google Readerと連動して見やすく(一部機能追加も)してくれるフィードリーダー。
    多分もっと完成度が高いものもあるけれど、とりあえずこの程度で十分。
  8. Firebug Firebug
    昔はWeb Developerを使っていたけれど、今はこっち。
    まあ、やっぱり高機能だし、使いやすい。
  9. FireFTP FireFTP
    その名の通り、Firefoxの画面の中で完結するFTPツール。
    最近はもうFTPを使うこと自体が減ったので、独立したソフトを使うまでもないし、必要なな機能はひと通り揃っている。
  10. FireGestures FireGestures
    マウスジェスチャー。
    結局いつになってもキーボードショートカットでばりばりブラウザを操作する人にはならず、マウスをくいくいしてる方が性に合っているらしいので。
  11. FireLink FireLink
    いろいろな設定に従ったリンクコードをクリップボードに入れてくれるツール。
    地味めだけれど多分これがなかったらちょっといろいろ面倒でイラッとする。
  12. Open With Open With
    今見ているタブを、別のブラウザで開く。インストールしてあるブラウザを自動的にリストアップしてメニューにしてくれるので手間いらず。
    あまり必要を感じない人も多いだろうけれど、サイト製作に関わっていると次から次へと異なるブラウザで開いて確認するということを始終するので個人的には必須。
  13. SPDY indicator SPDY indicator
    Googleが提唱した新しいプロトコルSPDYに対応しているサイトならアイコンが表示されるというだけの、単なるミーハーな気休め。
  14. Stylish Stylish
    定番。でも最近はWebサイトに手を加える使い方はほとんどしなくなった。
    もっぱらFirefox本体をちょっとカスタマイズするというような時に。
  15. Tab Mix Plus Tab Mix Plus
    定番の横綱。
    あまりに多機能すぎて他の拡張とコンフリクトするとか、たまにFirefoxのバージョンアップそのものとぶつかるとか批判も多いアドオンだけれど、やっぱりこの便利さに一度なれると離れられない。

さて、Chromeについても同様の記事を書かなきゃいけないかな?
うーん。あとで考える。

追記:書いた。
最近Chromeに入れている拡張

『海街diary』はほんとうに面白いんだろうか

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12月 182012
 

umimachiネット上ではけなしている記事を見つけられないといっても大げさではないほど評価が高い、吉田秋生の『海街diary』シリーズ。
これから、自分は微妙に納得がいかないという話をしますから、このシリーズを愛してやまない人はどうか読まないように。
 
あ、さらに言っておくと、この記事を書いている時点では3巻までしか読んでいないので、その範囲内で感じたことだという保留付きです。
年明けくらいまでに最新巻まで読むだろうと思うので、その時違う感想をもったらあらためて書くかもしれません。
 
 
一巻目を読んで「いやー吉田秋生も丸くなったなー、ストーリーも人物の描き方も」と思った。
いや、声に出して、言った。
土地や一部の人物が重なる『ラヴァーズ・キス』を知っている身としては、ショックなくらいだった。

「いい話」だというのは認める。「よくできている」ことも認める。
でもなぁ、私は吉田秋生にそういうものを描いて欲しいとは思っていなかったんだよなぁ、というのが多分すべてだ。もちろん吉田秋生は自分が描きたいものを描くし、私は自分勝手に「こうあってくれたらいいな」と思っているだけで、結局これは評価というレベルの話ではないということは分かっている。
でも、もう一度言うけれど、私は吉田秋生にこういうものを描いて欲しいとは思っていなかった。
ちょっと屈折させたサザエさんの世界みたいなこの作品に、どうしても全面的には納得出来ない。

だってなあ、『ラヴァーズ・キス』の藤井朋章があんな軽い扱いをされてしまうのは納得がいかないよ。
挙句にはてに海街diaryの中で心をかよわせる様が描かれる相手がすずだけなんだよ。
もちろん彼は、たかが高校生だ。
だからすでに30歳にもなろうという主要キャラクター達からすれば言うまでもなくガキだ。
すずと一緒だ、ほとんど。
冷静で、現実的なバランス感覚からするとそれで正しいんだと思う。『ラヴァーズ・キス』の世界の方がもちろん不自然だったんだ。

でもなあ、べつに私は吉田秋生にそんなバランスがとれた世界を描いて欲しいとは思ってないんだよな。
『ラヴァーズ・キス』を読んだことがない人にはあの藤井朋章というキャラクターはほとんど意味不明だろうと思う。そして、意味不明のまま、かる~く通りすぎて去っていく(彼は島へ渡ってしまっていなくなるからね)。
もしかして吉田秋生は『ラヴァーズ・キス』の頃の世界観を否定したいのか、と勘ぐりたくなるほど徹底した「大したことない」扱いだ。
ちょっとそれはないんじゃないかなー、と思った。
勝手にかつてファンで、勝手にある傾向の世界を描いて欲しいと思っていただけの、ただのオジサンだけれど、やっぱりちょっとだけ、それはないんじゃないかなー、と思った。
いや、否定してもいいんだよ。
でもじゃあわざわざ藤井朋章を引っ張り出してきて絡めた挙句にかる~く流すんじゃなくて、大人の目から見たら君の人生はこうだったんだという(少し残酷でもいいから)ちゃんとケリをつけてあげればよかったのに、と思う。

『海街diary』を読んでいて一番もやもやするのは多分その辺りなんだと思う。
うん確かに人生ってそんな感じだ。描き方もうまい。バランスもとれている。
でもじゃあそれで何がどうなるっていうのか。
何も、どうにもなりはしないのがリアルな人生だ、と言い切るまでは突き詰めないこの微妙なふんわり感。
それが、私にはどうしても駄目なんだと思う。

『海街diary』を「文学的」と評している人々も見かける。
いやいや。こんなにふんわりと予定調和なものを文学だと思っているなら、あなたは思わず悪夢を見てしまうような本当の文学を読んだことがないんだよ。
なにもストーリーや描写が残虐で夢に見るとかそういうことじゃないんだ。カフカやナボコフをちゃんといくつも読んでごらん。いつかほんとに悪夢を見るから。
文学を突き詰めると、行かなくてもいい人生の底を突き抜けてしまうし、美しさは突き詰めると優しさとは縁もゆかりもないところまで行くもんなんだよ。

まあ、私もけっしてそこまで自分が行くことはできないと分かっているから、こんな駄文しか書かないんだけど。
人生はいろいろ苦いね。

最近、書かなかった記事

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12月 042012
 

書きかけたんだけれど、結局やめたという記事が実はこのところずいぶんある。
表面上のテーマはいろいろで、最近出版業界(というか出版業界内マスコミ)が盛んに取り上げるアノ人やアノ書店のことであったり、アニメのことであったり、ウェブサービスのことであったりする。否定的に語ろうとしたものが多いが、かならずしも全部が否定的な内容だったわけでもない。

さて、なぜ自分はそういうアレコレを書きかけては下書きとして保存し、結局数日後には公開しないことにして捨てるということを繰り返しているのかなぁ、と思った。
「まあ結局は、好き嫌いだしなぁ」というわりとみもふたもない理由になりそうだな、と気づいた。
たとえば業界内マスコミが盛んに取り上げる(要するに好意的に取り上げるわけだが)アノ人やアノ書店に対して、私はかなり反発を感ずるし、それが業界の将来を拓いていくとは決して信じないわけだが、じゃあなぜそうなのかということを延々と(一見)論理的に書き綴って、さて、はたしてそれで誰がどうなるのか、などと思う。
昔だったら(具体的に何年前だったらなのか分からないのだが)きっと、必死で最後まで書き切り、自分の否定的な意見をとにかくそれなりに説得力のある形にまとめただろうと思う。しかし、最近はそれをやっている最中に「いやでも多分、それは自分は嫌いだ、という論理では証明できない何かを大いに含んでいるしなぁ…」などと思い、だったら単に「私は〇〇は好きではない。以上」で終わりだなぁ、などと思ってしまう。

そもそも賛成にせよ反対にせよ、なにかを他人を説得しようとするほどの勢いで語る人、というものそのものに、もう気分的についていけなくなってきている。
何も知らず、知ろうという努力もせず、ただ好悪だけを表明している人間というのはさすがにバカすぎてひとかけらも認めたくないが、その一方でそれなりに知り、努力もして、それを他人に押し付けようと(という言い方が悪ければそれが正しいものであると説得しよう、でもいいし、単に共感をあつめて一緒に行動しよう、でもいいけれど、そういうことを)する人間も、素直に「偉いな」とか「頑張ってるな」とか思えなくなった。
知れば知るほど、人の価値観なんてそれぞれなんだということが分かるはずなんだからほっとけばいいじゃないか、などと思ってしまう。人の価値観がびっくりするほど多様性に富んでいるということを知るのではなく、何が正しいか、とか、どうある「べき」かということを学んだというつもりになっているなら、それは変じゃないか、とだんだんと思うようになった。

ここまで書いてきたこともすでに「そう思わない人も当然沢山いるだろうなぁ。いて当然だな」などと思う。
それじゃあ何ひとつみんなで力を合わせてやっていくことが出来ないじゃないか、と言われれば、まあそういうことになりますねえ、としか答えようがないし。

そんなわけで、ここで時間をおくと、この記事も公開しないで捨てることになりそうな気がするので、文章を整えたりしないでさっさと表に出しておくことにする。