今更そんなことを、と思う方も多いでしょうが、あらためて強調させてください。
本の外見は大事です。
つまり、装丁やタイトルです。
営業する時には必ずその説明を加えてください。
良い本かどうかは最終的には確かに内容の良し悪しで決まるでしょうが、その本を誰かが手にするかどうかは内容では決まりません。なぜなら(当たり前ですが)手に取らないものは、内容も知りようもない。
手に取る気にさせる、一番最初のきっかけは外見です。
その観点から見た場合、良い装丁であるかどうかは、あくまでも非常に多くの他の本と並んだ時にどう見えるか、で決まります。単体として美術品のように優れ た装丁であるかどうかではありません。(まあ、現実に美術品レベルに到達している装丁があったらそれだけで他を圧倒するでしょうが)。
キャラメルコーンに負けるな
商品にとってパッケージデザインがいかに大切かということは、たとえばお菓子を見れば分かります。製品によってはほとんど中身の変化のない大ロングセラーになっているものも、時々パッケージデザインだけを変更しています。
最近個人的に一番印象深かったのは「キャラメルコーン」です。
株式会社 東ハト/おかしの紹介/キャラメルコーン
新パッケージの電車内広告が始まった頃は、良いデザインだとは全く思いませんでした。格好良くもない、商品内容そのものを表現しているわけでもない。とりあえずこんな風になってみました、という程度のいい加減なものだと思いました。
しかし、不思議と記憶に残ってしまいました。
次にTVのCMを見た時には、ある意味、驚愕しました。
このパッケージにただ手足を付けだだけのものが、トテトテと画面を走り抜けるのみという意味不明のCMを見て「おまえは一体何がしたいんだー!」と全力で ツッコミを入れてしまいましたが、その日の夜には妻に買ってやるという名目で思わず近くのコンビニで購入してしまいました。
「何がしたいんだ?どうなったというのだ?」という疑問で頭がいっぱいになってしまったので、確かめずにはおれなかったのです。
タイトルも、とても大切
タイトルも、とても大切です。
説明的で分かりやすいタイトルが必ずしも良いタイトルだというわけではありません。非常に沢山並んでいる他のタイトルの中からある本を手にしてもらうためには、まず興味を引かなくてはなりません。興味を引くためには、ある程度謎の要素がなくてはなりません。
本の内容を理解してもらおうと気合いを入れすぎた結果、ものすごく長い、だらだらと説明的なタイトルになってしまっているようなものをしばしば見かけますが、それはサブ・タイトルにするか、帯に小さく刷り込めばよいのです。
「このサブ・タイトルとメイン・タイトルを逆にするだけで良くなるのに」というケースもかなりの頻度で見かけます。
長い、説明的なタイトルが、相対的に種類が少なかったのでインパクトがあった時期というのが、確かにありました。
けれども、考え抜かれた結果そうなったもの以外は、もうそれだけで効果的であるということはなくなったと気付いてください。
『ザ・ゴール』
分かりやすい実例として、たとえばダイヤモンド社さんの翻訳ビジネス書『ザ・ゴール』を見てみましょう。
- 黄色の地に黒の文字という笑ってしまうほど目立つ組み合わせの定番そのものの色の選び方
- 単純そのもののデザイン
- いちじるしく説明不足のタイトル(しかも日本語より英語のタイトルの方をさらに大きくしている)
- ごく小さなサブ・タイトルで「企業の究極の目的とは何か」と補足をしているけれども、それでも答えは書いていない、問いかけているだけで内容の説明はしていない
このような捉え方をしてみると、これはまるで得体の知れない本です。
実際に書店に並ぶ時には、これに比較的広い帯が付いて、そこにようやく内容のさわりが書いてありましたが、つまりこの装丁はある意味とても不親切です。しかし、とても目立つにもかかわらず不親切だ、という組み合わせがこの装丁のキモだったのです。あとは実際に手にとってページをめくってみるしかないところへ追い込む装丁です。
その後売れたかどうかは、今この場に限っては、実は関係ありません。『ザ・ゴール』は事実としては売れましたが、それは手にとってもらったあと、さらに金を払ってみようと思わせる内容がともなっているか?という別の話です。
さて、ここで『ザ・ゴール』の装幀について述べたことは、キャラメルコーンの新パッケージの話と基本的に全く同じだということに、気付きましたか?
念のためのひと言
ここでは具体例として『ザ・ゴール』を取り上げましたが、これはどなたにも、単純明快に分かりやすいだろうと思ったからです。
文芸書や人文書もひっくるめて「謎めいたタイトルと目立つ装幀」でやれば全てOKだ、と主張しているわけではありません。
あまりに謎めきすぎたタイトルの人文書は、関心のあるサブジャンルなのかどうかを判断する手がかりさえ無くて、読者を戸惑わせるだけでしょう。上手に象徴的なキーワードを埋め込む必要が、当然、あります。
また、色について言えば、『ザ・ゴール』の黄色と黒のような、通常派手と言われるデザインだけが目立つわけではないということも、絵画やデザイン、映像、あるいはファッションなどに興味のある方は、すでにご存知ですね。
金や銀は最も目立ちそうでいて、実はあまり効果的ではない、ということにも注意しておきましょう。反射光が目に入る位置に立たない限り、むしろ周囲からの映り込みで一種の「光学迷彩」状態に陥って、思いっきり目立たなくなってしまいます。
装幀やタイトルは商品としての本にとってはパッケージデザインそのものであり、それはあくまでも「効果」に基づいて検討されるべきものだ、ということを強く意識してください。
社をあげてもっと真剣に
今回のお話は、営業職の個人だけではどうにも出来ない部分も含みますから、御社全体でもっと真剣に外見に取り組んでもらいたいなぁ、という提言としておきます。
すでに発売直前になっているにもかかわらず、正式タイトルも装丁も決まっていないというケースがかなり多いです。いろいろと事情があるということはお察ししますが、商品を仕入れる立場から言わせてもらえば、それは商品にはなっていません。
素晴らしく性能の良いエンジン、素晴らしく安全なボディー、素晴らしく快適な乗り心地の新型車を発表しますが、デザインは未定です、とか、若い女性をター ゲットとした全く新しい飲み心地の健康飲料をまもなく発売しますが商品名は未定です、とか言われるようなものです。それの仕入れ数を決めろと?
発売までまだ時間があって、検討中であるから未定だという場合には、書店員としても十分許容出来ますが、その場合にはぜひ書店員の意見に耳を傾けてください。
書店員はもちろん本作りのプロではありません。ほとんどの書店員は編集的な能力もないし、デザインの勉強もしたことがないでしょう。しかし、書店員は毎日 何十点という新たな商品を売り場に出すために、同じ数の商品を売り場から追い出す、という決断を繰り返して暮らしています。つねに比較して、切り捨てる、 という行動を繰り返しています。
その視点からの意見を、せめて参考には、してみてください。
小林紀晴さんがある本のあとがきで:
「その時、装幀を友人のデザイナーに依頼した。友人と話していたのは今まで見たことのない、そして単純に目立つものを作ろうということだった。そのためにダミーを作って、書店の平積みの本の上に勝手に置いて遠くから眺めて目立つかどうかの実験までした。」
と書いています。
実験された書店さんが迷惑したのかどうかはこのさい置くとして、この小林さんの行動は非常に正しいと、私は思います。
※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
「この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。