営業に取りかかる前にで、棚構成を見てその店の特性をつかむ、というお話をしましたが、残念ながら、棚構成を見てわからないという方もあるようです。それは、どこを見ればよいかというポイントがつかめていないからでしょう。以下に、実践的な例をいくつか挙げておきます。
ただし、本来ある程度の経験を積めばどなたでもだんだんと分かるようになっていくものだと信じていますから、あえていくつかの例をある程度の詳しさまでしか書きません。
つまり分かるためのポイントをつかむきっかけにはしていただきたいけれど、マニュアルとして読んではいただきたくない、ということです。
コミックスを見る
年齢層や男女比
ただ「コミックスがたくさんあるなぁ」と漠然と見るのではなく、何コミックが多いか確認しておきます。
りぼんコミックス、コロコロコミックスなどが多ければ低年齢層の客が多めだということが分かりますし、逆にそれらが少なくてたとえばヤングマガジンコミッ クス、モーニングコミックス、ヤングジャンプコミックスなどが多ければ高校生以上から青年層にかけてが多いはずだということが分かります。
さらに年齢層が高くなれば、ビックコミックなどの比率が多くなります。
また、YOUNG YOUコミックス、FEELコミックスなどが充実していれば、高校生から若いOL層にかけての女性客がかなり多いだろうということも推察できます。
趣味の志向
男女比や年齢層とは別の見方も必要です。
エニックス角川等のものが多いか少ないかで(必ずしも年齢層とは関係なく)マニア志向なのか一般的なのかという判断をつけることも可能です。
コミックスがご自分でも好きな方なら、マニア志向かどうかは必ずしも出版社だけで決まるものではないし、特定の作品が全巻揃っているか、特定の作家の画集 があるか、などでも簡単に分かるということをご存じでしょうが、それはあまりにも専門的ですから、ここではあえて触れないことにします。
傾向を知るには
さて「××コミックス」がそもそもどんな作品をラインナップしているのか知らないので、棚を見ても判断が付かない、という根本的な問題に直面する人もあるでしょう。
日本人の全てがコミックス好きというわけでもありませんし、自分が読み続けているコミックス以外は知らないという人も、もちろんいるでしょう。
情報を出来るだけ素早く、広く浅く、仕入れるためには、コミックス(単行本)を読むのではなく、雑誌を片っ端から立ち読みすることをお薦めします。ごくごく一部の例外を除いて、雑誌名がそのまま単行本コミックスのシリーズ名になっていますし、特定の出版社 には特定のカラーがあります。
この時「自分が興味をもてるものを見る」だけでは役に立ちませんよ、念のため。
恥も外聞もかなぐり捨てて、『りぼん』からレディースコミック誌まで、『コロコロコミック』から萌え四コマ誌まで、ぜーんぶ見なけりゃいけません。
フィギア雑誌はとりあえず勘弁しておいてあげます(笑)
コミックスは棚を見る
コミックスの場合は平台はあまり参考にならないということに注意してください。
ジャンプコミックスの一部の作品などはあらゆる層が買いますから、たとえそれが多くのスペースを占めていても客層を判断する材料としては、必ずしも役に立ちません。たとえば『ONE PIECE』がずらりと平積みしてあっても、それは全くなんの情報にもなりません。
観察すべきなのは、棚です。棚の中でどんなものの占有率が高いか、がもっとも重要です。
コミックスは一般に巻数が多いので、ある作品を置くか置かないかという判断はかなりシビアなものになります。あるものを置くことにすれば、同時にかなりの ものが置けないということとイコールになります。コミックスは複数巻のまとめ買いが頻繁に発生するものなので、ある作品を置くなら出来るだけ全巻揃いでお くことが理想 ですからますますそうなります。
そのようなシビアな判断をその店の担当者がしたということなのですから、それは参考になります。
雑誌を見る
実は書籍より分かりやすい
雑誌の場合は、それぞれの雑誌のテーマがかなりはっきりしているわけですから、書籍から判断するよりもずっと分かりやすいはずです。どのようなテーマ、どのような年齢層をターゲットにした雑誌が多いのかを確認すればよいのです。
以前と比べて書店での雑誌の売り上げは確かに落ち込んでいますが、それでも売り上げ全体に占める割合はかなり大きい店が多いことは今も変わりません。乗換駅付近の大型店などの場合を除いて、雑誌の品揃えはその店の特性をかなり忠実に反映します。
知らない雑誌を判断するには広告を見る
「その雑誌がどんな客層向けなのか分かりません。だって、自分で読んだことなんか無いですから」という声が聞こえてきそうなので、とある雑誌がどんな客層を想定して発行されているかを素早く判断する秘訣をお教えしておきます。
表紙や見出しを見ても判断が付かない場合には、とにかくその雑誌の中の広告を見ます。広告主は、金を払って広告を載せることで効果が期待できなければならないのですから、その雑誌が自社の商品にふさわしいかどうかを必ず判断しています。
BMW の広告が載っているのかファミリー向けワゴンの広告が載っているのかの違いということは、あなたにも分かりますね?
普段あまり意識していないかもしれませんが、一度たとえば(週刊ではなく月刊の)『文藝春秋』にどんな広告が載っているか、じっくり見てご覧なさい。多分、びっくりしますよ。
ちょっと大げさに言えば、いまだにこんなものの広告をうっているのか、とか、世の中にはこんなものもあったのか、などと軽いカルチャーショックを受けるかもしれません。
さらに、自分の普段の生活や趣味とはあまりにもかけ離れていて広告を見てさえても判断が出来ないという場合もあるでしょう。男性が、女性の雑誌をチェックする時にはそういうことが多いかもしれませんね。
この場合でも、非常におおざっぱに判断する方法はあります。広告のモデルを見るのです。モデルの年齢や服装を見れば、商品そのものが意味不明でも、ターゲットは想像できます。
やや余談ですが、女性が男性の雑誌をチェックするという逆のケースの場合には、時として困難に直面するかもしれません。
あくまでも一般論ですが、女性向けの広告の場合にはモデルが存在していることが多く、そのモデルが醸し出す生活感や人生観と商品がセットとして扱われてい るケースが多いです。利用場面(シチュエーション)や背景(たとえばマンハッタンの交差点あるいはオーストラリアの海岸、というような情景)が明示されて いてさらに判断しやすい場合も多いです。
それに対して、男性向けの一部の広告ではモデル無しでひたすら「モノ」だけが提示されている場合があります。しかもそのモノのディテールが克明に分かるように、背景(シチュエーション)まで意識的に排除されていることさえあります。こうなると、そのモノ が何を意味しているかをあらかじめ知っていないと判断の手がかりが得にくいということになるかもしれません。
雑誌は平台を見る
雑誌の場合は(コミックスとは逆に)観察すべきなのは平台と面展示であることはわざわざ言うまでもないでしょう。雑誌の場合は表紙が見えることが何よりも優先されますから、当然そうなります。
文庫を見る
単行本よりも手がかりになりやすい
単行本の品揃えは(そもそも商品そのものが場所をとる、返品期限の問題が絡むなどの理由もあって)必ずしも、その店の特性をそのまま反映しているとも言い切れません。
逆に文庫は、その店の特性を比較的忠実に反映します。
たとえば、文庫の棚全体のスペースに比して時代小説や歴史小説が充実していれば、中年以上の男性が客層に多そうだということは容易に推察できますし、ス ニーカー文庫や電撃文庫などが充実していれば中学生から青年層にかけてが客層の中にかなりの割合いるということが推察できます。
「充実しているかどうか」の判断には整理番号を見る
この場合の「充実しているかどうか」という判断は、ある特定の作家やシリーズのものが全巻そろいに近いくらい置いてあるか、ということで行います。
極端な例ですが、あなたがたとえこれまで司馬遼太郎を一冊も読んだことが無くても、新潮社・文藝春秋・講談社・朝日新聞社の、それぞれの司馬遼太郎の文庫 の整理番号に抜けがないくらいに置いてあるかどうか、という機械的なチェックをすることが出来ます。何となく多いのか少ないのか、ではなく、それぞれの文 庫の整理番号を調べればすぐ分かるのです。
このやり方はあなた自身の年齢や普段の趣味とかけ離れたものを判断する時にはいつも使える方法です。あなたが若くて高年齢層が好む作家が分からない時も、逆にあなたがある程度の年齢になっていて若年層が好む作家が分からない時も、同じく使えます。
最近のもの(番号の多いもの)は目立つように展示してあっても昔のもの(番号の若いもの)が棚にないなら、それは単に新刊やドラマ化アニメ化されたものに対応しているだけかもしれません。
文庫は雑誌ほどには信用できない
しかし残念ながら、文庫は雑誌ほどには信用できない、ということも覚えておくと良いでしょう。
雑誌はほぼ毎月定期的に同じタイトルの新しい号へと入れ替わっていくので、データがかなり確実にとれます。どのタイトルが平均して売り上げが高いか/低いかということが、はっきりします。当然それに従って品揃えのボリュームが調整されます。
文庫は必ずしもそこまではっきりしてはいません。
言うまでもありませんが、文庫は確かに版元によって「傾向」というようなものがありますが、それでも結局お客さんが最終的に反応しているのはひとつひとつ単品の作品に対してだからです。
また、文庫担当者自身の経験や知識、さらにやる気や趣味も、品揃えを左右する要因になるからです。
従って「単行本を見るよりは分かりやすい」という判断にとどめておくのが無難かもしれません。
どの商品からどんな手がかりが得られるかを考える
ここではコミックスと雑誌と文庫について取り上げましたが、ご自分でも「この商品からどんなことが読みとれるか」「その商品の何に着目すれば的確な判断の手がかりになるか」ということを考えてみてください。
確かに書店は、漠然と見ても何も分かりません。しかしどこに着目すればよいか分かっていれば、かなり正直にその店の特性を示してくれます。
今回は触れませんでしたが、たとえば「品揃え」だけが店の特性を示すわけでもありません。
お店に常備が入っているようなら、そのジャンルで基準になりそうな幾つかの本の回転率を覗き見ることでも、いろいろなことが推察できます。自社の本の欠本や回転率だけに夢中にならず、そういったこともさりげなく調べましょう。
また、文庫の最後でも少し触れましたが、各分野を担当している担当者の個性や趣味というものも、品揃えに影響します。「それでは結局、店の特性を正確に判断する材料にはならないではないか」とがっかりする方もあるでしょうが、それは早計というものです。
どんな書店でも売り上げを良くしなければなりません。当然一番のボリュームゾーンは来店する客の中心層に合わせます。ですから品揃えは判断の手がかりには必ずなるのです。 まず、そこを見る目を養ってください。
ある程度それが分かるようになってくると、逆に本来そうであると思われるところから外れている部分が見えるようになります。それが、個々の担当者の個性です。強い熱意を持って創意工夫に取り組んでいる担当者ほど、そういう部分が必ずあります。
競合店に対抗するためであったり、放置しておくとしだいに(特定の客層が好みのものを買い尽くすことで)売り上げがじり貧になって行くであろうジャンルに、実験的に別のものを取り入れることで次の読者を育てる投資をするためであったり、理由はいろいろです。
それが分かるようになれば、おそらくあなたは担当者さんに単に「一般的に売れます」というもの以外のものも勧められるようになっていくでしょう。
大型店はどう判断する
さて、最後に大型店のことを少しだけ。
中小の書店では、全部は置けないからこそ最も売れると期待されるものに絞っている、それ故その店の客層が把握しやすい、とも言えます。
逆に大型店になると基本的なものは何でも置いてあったりしますから、ここまで述べてきたような判断方法が使えなかったり、必ずしも明確に差があると決めつけられなかったりする場合があるでしょう。
その場合には、書籍なら、新刊ではないのに面展示や平積みをしてあるものは何か、雑誌なら、バックナンバーをそろえているものは何か、を見るようにするとよいでしょう。
また、どんな書籍やムックが「ジャンルをまたいで」複数展示されているかも手がかりになるでしょう。
※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
「この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。