きれいな夢が見たい

投稿者: | 2016年2月27日

「将来の夢」といったような話ではなく、夜眠っている時に見る「夢」。
そして、美しいとか華麗とかのきれいではなく「クリーン」という意味での、きれい。

大学時代の友人に、起きている時の生活とほとんど変わらない夢しか見ない、という男がいた。
たとえば試験時期に眠ると夢の中でも試験勉強を続けて、あげくに夢の中で疲れて冷蔵庫をあけて栄養ドリンクまで飲み、目が覚めると「疲労感はあるが試験勉強は終わっている」という夢を見ると聞いて、唖然とした。
試験勉強ということに限れば便利かもしれないが、ちょっと嫌だ。
彼が社会に出て就職をし、デスマーチに巻き込まれているが夢でもあいかわらずそれをやっている、みたいなことになっていないことを願っている。

昼間目覚めている時と同じような夢を見るということは、ほとんどない。
もしかすると見ているのかもしれないが、覚えている限りでは本当に片手の指で数えられる範囲でしかない。
ごくまれに、実在の場所が忠実に再現されていたりすると、目が覚めた時になんだかがっかりする。
子どもの頃からずっと、夢を特別のものとして楽しみにしているので、実在のものの影響を受けすぎていると夢が手抜きをしたような、あるいは、現実に汚染されたような気分になって、ひどく損をしたように感ずる。
夢は私というものを通じて当然現実と通じているし当たり前に影響も受けているのだけれど、露骨だと、がっかりする。
できるだけ現実の影響が少ない、きれいな夢が見たい。

そんなことを思ったのは、そう、お知り合いが実際の肩書のままで出てくる夢を見たり、あろうことか自分の職場を舞台にした夢を見たり…ということが少し続いたからだ。
お知り合いの方は幸い仕事上のおつきあいの背景部分は綺麗さっぱり切り捨てられていてただ「あの人がいる」というだけだったし、職場の方はこれも夢の中で職場だと認識しているだけで間取りや大きさが大きく違う上に実際には存在しない広い廊下があったりと、まあ、かなり現実とは異なっていたので許容できる範囲ではあった。
それでもやはり、夢が現実に侵食されるのは嫌だなぁ、と思っていた。

そうこうするうち、先日少し珍しい夢を見た。
とある家電量販店に何かを買いに行ってその何かを持ち帰ろうとすると、応対してくれていた若い女性店員が、近頃はぶっそうだからそれを持ち帰るのはやめたほうがいい、配送手配にしよう、と言う。私が買った何かはポケットに入る程度のものなので、いや大丈夫だよ持ち帰るよ、と言うと、では心配だから家まで送っていく、などと言い出す。
全身から100パーセント善意のオーラしか出ておらず、なんだかばかばかしいくらいにいい子なんだろうなぁというのは分かるので、思わず「勝手についてくるなら止めない」とか言ってしまう。
ただ彼女の100パーセント善意の中に「年輩者を気遣う」という風があきらかに含まれているのが感じられるので、そもそも自分はまだ57で、いやまあもうひと月もしないで58にはなるがとにかくまだまだ全然若くてだな…みたいなことをペラペラ話しながら自宅に向かっていたはずなのに、私の夢のお約束として、きっちり道に迷ってしまう。
気がつくと、どこにいるのかわからない。
よい天気の、のんびりとした午後の空の下で、自宅に戻るだけなのに。

しかし、いつもいつも夢の中で完全に道に迷っている私にしてはあまりにも珍しいことに、今回は遠景のビルやら近くを通っている線路だのからおおよその場所を割り出し、たちまち家へ戻れる一番近い電車の駅を見つけ出してたどり着くという偉業を達成した。…一人きりじゃなく連れがいると迷子から脱出できるのか、自分。
駅の窓口で切符を買おうとすると、またまた善意の固まりのような売り場の年配の女性がポンと手を打ち、実は特別料金に割り引ける裏技があるからちょっと待て、と言って、なにやら書類を書き上げたかと思うとにっこり笑って
「さあ、大尉さんどうぞ。そちらの…お嬢さんも」
とそれを渡してくれる。
礼を述べて窓口を離れながら書類をめくってみると、とにかく非常に遠方から旅行で乗り継いできたということになっていればこれから乗る区間分だけ取り出せばとても安い、というような理屈らしい。連れの女性と私は、その書類ではハネムーン中だということになっていた。
しかしそれよりも私は窓口の女性に「大尉さん」と言われたことの方が気になるらしく、連れの女性に自分はそんな怖い顔、軍人のような厳しい顔にみえるかな? そんなことはないと思うんだが、などとさかんに問いかけている。
そして、そこが夢の自由さだが、けっこう楽しそうにそんなつまらない会話を笑顔でかわしながらホームへの通路を遠ざかっていく自分たちの後ろ姿を、なぜか長いこと見守り続けて、終わる。

目が覚めて、おそらく今回こそは私は迷子から脱してちゃんと家にたどりついたんだろうな、と実に不思議な感じがした。
完全にピントがずれてはいるけれど純然たる善意を一度ならず二度までも受けて、結果として幸せな方向へいつも向かう話の流れも、あまり経験したことがないものだった。

ようやく、きれいな夢を見た。

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