棚の要求はシビアである
書店にとって、棚とはどのように機能しているでしょうか。
当然ですが、それは平台に収まりきらないものを詰め込んでおくだけの場所ではありません。そんなことになってしまっている場合もけっこう見受けられますが、そもそもは違います。
機能としてそのような場所ではないというだけではなく、コストパフォーマンスという面から考えても、それではまずいです。
平台は限られた場所を奪い合うという意味では確かに激しい競争があります。しかし棚の、コストパフォーマンスという面での要求はよりシビアです。
平台は展示機能と同時にストック場所としての機能も併せ持たせることが出来ます。良い悪いは別として、ある場所に50冊の本を積み上げれば、本1冊分の面積のコストで残り49冊のストック場所も兼ねることが出来ます。2冊以上売れれば、コストの負担は順次低く なっていきます。
棚にはそのようなことは出来ません。常に1冊分のスペースが1冊のみに占有され、そして売れても利益は1冊分だけです。
「棚を耕す」という名言があります。
書店員たるもの棚をきわめて丁寧に手入れしなければならないといような意味合いに、さらに「思い入れ」を加えた表現であると一般には受け取られています。
しかしこれは「思い入れ」だけの表現ではありません。
畑は基本的に一作物が一定面積を専有するので、面積あたりの収穫量がより高くなるように耕さなければなりません。
書店の棚も同じです。「棚を耕す」という言葉は、上述したように、計算上でも正しいのです。
棚の基本的な機能
ロングセラーの展示場所
平台で複数冊在庫するほどの売れ行きではないが、年間にある一定数以上売れることが見込まれる(あるいは統計的に売れることが分かっている)ものを展示するための場所、としての機能を棚は持っています。
その意味では、基本的には、新刊や現在の売れ行き良好書ではなくロングセラーを展示しておく場所ということになります。普通は背表紙を見せて「差し」で展示することになります。
ロングセラーには、多くの人が必要とするので継続的に需要があるもの(辞典類などがその典型)と、多くの人が定番と認識しているために継続的に需要があるもの(吉川英治作品や手塚治虫の代表的なコミックスなどがその典型)が、あります。
ちなみに、発売されてから数年間以上の単位で継続的に売れ続けるものを「ロングセラー」、さらにその本が発売された時点から見て完全に読者の世代が交代しても売れ続けるものを「定番」、というふうに区別して呼ぶ場合もあります。
両者の意味が混在している場合もあります。
小冊数の新刊や売れ行き良好書の展示場所
- 平台に積む程の冊数が入手できなかった。
- 本来平台商品だが一時的に在庫が少なくなった。
- もともと一定量以上の販売を期待していないが特定の読者層に小冊数の需要が確実にある。
等の理由で、ロングセラー商品ではなく、新刊や売れ行き良好書をあえて棚に展示するための場所としての機能。
棚に複数冊を展示する場合には上記のような理由で利用します。
普通は同一のもの5冊以上を背表紙を見せる形で棚に刺すということはありません。それ以上の冊数になるなら棚の中で表紙を見せて面展示をするのが普通です。
5冊を超えると(本の厚みにもよりますが)表紙を見せて展示した場合に使う面積に近づきます。それだけの面積を使ってしまうなら表紙を見せた方が来店客に対する訴求効果が高くなるので、かえって損だからです。
また、3.の理由で在庫が1冊しかなくてもあえて面展示をする場合もあります。
新刊や売れ行き良好書からの誘導
平台にある新刊や売れ行き良好書と関係が深いもの(同じ著者、同じテーマ)をまとめ買いしてもらうことを期待するために展示するための場所としての機能。
この場合は、平台からの自然な視線の移動先(平台の特定の商品からまっすぐに目を上げた場所、など)に、棚の他の部分の並び順などを無視して特設することもあります。
新刊や売れ行き良好書の代替品への誘導
不幸にしてお客様が探しにきた特定のものが品切れであったり、もともと仕入れをしていないものであったりした場合に、可能であればその代替になりそうなものへ誘導するために展示しておくための場所としての機能。
本は代替が効かない商品というイメージがありますが、商売という面で思いきって言ってしまえば、実はそうでもありません。実用書や実用系のビジネス書であれば、かなり多くの場合他のもので代替できます。
お客様が特定の本の広告を見てそれを探しに来たのだとしても、一番強い動機は「これこれについて、こんなに面白そうな(分かりやすそうな、詳しそうな)本があるんだから欲しい」ということである場合が多いです。それと同等の満足が得られるものが見つかれば代えが効きます。
小説などの独立した創作物でさえ代えが効くことがあります。
その本を探している動機が「笑いたい・泣きたい・元気づけられたい」等々、実は特定の作品に完全には結びついていない場合も少なくありません。
出会いの場所
本を探している動機が特定の作品には結びついていない場合も少なくない、というのは、考えてみればそれほどおかしなことではありません。
多くの人が「なんとなく本屋に入る」「ぶらっと立ち寄る」のは、その時々の漠然とした動機に形を与えるためです。特定の商品そのものを購入するというよりも、その商品を買うことでこうなるだろうという何かを手に入れるためです。
幸せな気分になるだろう、元気づけられるだろう、退屈を忘れられるだろう、何か新しいことを知ることが出来るだろう、漠然とした人生の悩みに何か参考にな る意見を手に入れることが出来るだろう…といったようなことに本という「形を与える」ことが出来れば満足感が得られます。
書店で扱う商品は特殊性はさほど高くありませんが、人生の一番最初から終わりまでをカバーしていますから、特にこのような漠然とした動機に応えやすいと言えます。棚にはそれぞれの漠然とした動機とそれぞれの本との「出会い」を待つ場所としての機能があります。
ですから、冒頭に述べたロングセラー商品・定番商品は、漠然とした動機に強い感度で応える力を持った商品だというふうに言うことも出来ます。
サインや広告としての棚の機能
述べてきたような基本的な機能の他に、棚にはそれ自体がサイン(誘導したり知らせたりする標識)や広告としての機能も持っています。
サイン(標識)
ある一定量以上の、特定のカテゴリのものが、一ヶ所にまとまっていれば、特に分類表示を掲げなくても、その商品の固まりそのものが「ここにはこのようなものがあります」というサイン(標識)になります。
一定量以上とは、人間が棚の前に立った時、その視野の最低でも三分の一から半分を占める量です。
すでに何がどこにあるか知っている場合(なじみの本屋の棚やご自分の本棚などの場合)はそれ以下でもすぐに把握できますが、全くはじめて見る棚では上記くらいの量がないと、他のものとの区別が付かず「ひとかたまり」と認識できません。
個人差は当然ありますが、一般的な書店の棚の前に立った時の視野は上下ほぼ3段左右ほぼ1.5本程度です。従って、最低でも丸1段の量がなければサインとしては機能しないということになります。
それより量が少なくてもサインとして機能させたい場合、その中の1点を面展示をすることでその効果を得ることが出来ます。
広告
あるひとつの商品が複数面展示してあると看板などをつけなくてもそれ自体が広告になります。
通常は平台商品であるものをあえて目線の高さに持ってくることでより告知力を高めているわけで、その意味ではもともとの棚の機能とは違う使い方をしています。
この場合も、上述した人間の視野との関係が当てはまります。
上述した人間の視野を著しく超える範囲への展示(たとえば上下5段左右3本以上など)を強いインパクトを与えることを優先するために行う場合もあります。
その場合は単にここにこのようなものがありますという「告知」の範疇を超えて、この商品を強くお勧めしていますという「主張」の範疇になります。
昔アメリカのスーパーマーケットあたりで始まった(ひとつの陳列棚全部をコカコーラで埋め尽くす、というような)このやり方がなぜ「主張」かといえば、それはリスクが大きいからです。
看板などとは異なり、現実に仕入れ価格が存在する単品商品で埋め尽くすと、失敗した場合には単にその商品が売れなかったというだけでは済まなくなります。そのような展示方法をとらなかったなら期待できたかもしれない他の商品の売り上げも全て捨てることになります。
つまり売り上げがその商品に関してゼロであるというだけでなく総体としてはマイナスになるリスクが大きくなっていくわけです。
そのリスクをおかしてもそのような展示をしているのだということ自体が見る人に、(見る人が計算まではしなくても)強い主張を感じさせることになります。
サインと広告の複合
上述したようなやり方は、大型店などの店内で客を誘導する(催し物の場所まで引きつける)ためのサインとしても使うことが出来ます。棚の前に立つよりも遠くに離れても、より大きな面積を使えばひとかたまりとして認識できます。
しかし、実際にその展示場所までたどり着いてしまえばあきらかに「必要以上」であるのも事実ですから、商品そのものでそのようなことをする必要があるのかどうかは慎重に検討する必要があります。
また、面展示などの方法を使わず全て背表紙での展示であっても、特定の作家の著作が全点展示してあるとか、特定のテーマについての本が一定量以上並び続けている状態を作ることで、広告に近い効果を得ることが出来ます。
この場合はサインと広告の効果を兼ねていると見ることも出来ます。
またそもそも(超大型店でないかぎり)書店の展示スペースには限りがありますから、来店した人に「この店は主としてこのようなものに力を入れて展示しています」と暗黙のうちに知ってもらうためのサインという意味にもなります。
初めての書店に入った時はあなたも、好みのものがどのあたりにどのくらいの量あるかをチェックして、その書店があなたに「むいて」いるかどうか判断しているはずです。これが素早く判断できないと苛々したり落ち着かなかったりします。
提案をする場合には
棚の仕入れについての提案をする場合には、上述したような「目的」「告知効果」「コストとのバランス」というようなことを頭に入れておくときっと役に立つでしょう。
たとえば、ある特定のシリーズを新しく置いて試してもらいたいという提案をする場合には、そのシリーズの中の売れ行き上位数点を勧めるより、とりあえず全点勧めて棚の中に一定以上の面積を確保することを目指した方がよい、ということになります。
なぜなら今まで存在していなかったものが新しく存在するようになったとお客さんに認知してもらうためには一定以上の広さに渡ってそれが広がっていなければならないからです。
点数的に丸1段を埋め尽くせない、あるいはそれだけの点数があっても書店が最初からそのような大きなテストに乗り気ではないというケースは良くあるでしょう。
その場合には、数点でけっこうですから1点だけ面展示をしてくださいということを強くお願いするのが効果的だということも推察できるでしょう。
いずれにしても、今自分が書店に勧めようとしていることは、棚の機能のどの部分にあたるものなのか、それは書店にとってコストと効果のバランスはどうなのか、といったようなことを把握した上で行動すれば、書店さんとの話し合いがスムーズになるはずです。
※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
「この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。