他社の売れ行き良好書に寄りかからない

投稿者: | 2011年3月14日

自社の新刊のセールスポイントをあげる時「○○社さんの『xxxx』がよく売れていますよね?」と一番最初におっしゃる方が、思いのほか多いです。
これはいかがなものでしょう。
まるで自社の本が、それ自身では売れる力量がない、と言っているかのようです。
こう申し上げると「ずいぶん失礼だな!ある書籍が売れていて、それがそのジャンルを引っ張っているのは事実なんだから、説明としては分かりやすくて良いではないか」と思われる方も多いかと思います。
しかし、考えてみましょう。
車のセールスマンが「ホンダのワゴン車が大ヒットですよね?我が社も出しました」とセールストークを切り出すでしょうか?
いや、もしかしたらそう切り出すセールスマンも現実にいるかもしれませんが、そう言われた瞬間あなたなら「おいおい、工夫もプライドもないなぁ」と内心ちょっと失笑しませんか?
分かりやすいかもしれませんが、ただ分かりやすければいいというものでもありません。実際の説明に入ったあとで「比較検討の対象として他社製品を取り上げ、それに対する優位性を語る」というやり方の方がスマートです。
他社の商品を持ち出すことがいけないということではありません。
持ち出しておおいにけっこうです。
それだけをいきなり最初に持ち出したり、(極端な場合)それしかはっきりとしたセールスポイントがないかのようなやり方はいささか情けなさが漂う、ということです。

他社の売れ行き良好書とどのように差別化するか

[著者]

著者が同一人物であるというなら、これは売れ行き良好な著者を売り込んでいることになりますから、さほど難しくはありません。
早い段階でその著者の他社の本を持ち出してくださるのは、むしろ分かりやすくて良いことでしょう。
その著者が今度はどんな内容に取り組んだのか、ということを丁寧に説明してください

[企業・事件・人物]

同じ企業、同じ事件、同じ特定の人物などについての本である、ということになると、その企業・事件・人物についてどのような視点から取り上げているかは著者によってそれぞれに違いますから、必ず売れるという保証があるわけではありません。
この本ではその企業・事件・人物などをどのように取り上げているのか、とか、この本の著者は他社の著者と比べてどのようなアドバンテージがあるのか(たとえば「よく売れているあの本の著者に対して、この本の著者は実はかつてその企業に勤めていて、内部事情 をよく知っている」など)をきちんと説明してください。
近年いろいろな「話題の事件」「時の人」に対する一般の方々の興味が非常に短期間しか続かないという傾向が強まっています。
すでに先行する他社の本が何冊もあるというような場合には、一般の方々の忘却に対抗できるセールスポイントを備えている、という説得も試みる必要があるかもしれません。

[テーマやサブジャンル]

同じテーマや同じサブジャンルについての本である、ということになると、これはもはやかなり危険な挑戦です。たとえば、初心者向けの英語入門書とか、若い女性向けの癒し系とかいったケースですね。
同じテーマや同じサブジャンルなのに先行する他社の本がヒットしているからには、語り口が面白いとか、きわめて平明であるとか、切り口が斬新であるとか、表紙がとても良かったとか、あるいは、そもそもそのテーマを取り上げた一番最初の本だった、などといっ た何らかの理由があったはずです。
あとから同じテーマやサブジャンルについて出してきた御社は先行する本と同等かそれ以上の長所を持った本であるか、あるいは、先行する本では取り上げられていなかった部分を補完する内容であるなどの、はっきりとした特徴を説明する必要があります。
こういうケースの場合にこそ「他社のアレが売れているからうちのものも」というだけでは、あまりにも説得力に欠けるということに注意してください。

言わなくても良い

もちろん、現実問題として、(失礼な言い方ですが)いわゆる「後追い」で出してしまったという本があるのは書店員の方も分かっています。
また、そういうものがそれなりの数が売れる可能性はある、という現実も、分かっています。
分かっていますから、版元さんからあえてそれを持ち出すのはやめておきましょう。
もしも、あえて言わないと本当にそのことに気付かない書店員がいたとしたら、その書店員は、そもそも全くの役立たずです。多分なにを言っても、言わなくても、御社の本を、そもそもろくに売ってはくれないでしょう。たとえ初回は仕入れてくれても、まともに追 加はくれないでしょう。
そのような場合にはその書店と書店員を見限るか、あるいは強引でも何でも注文をもぎ取って去っていくか、どちらでもお好きな方をおやり下さい(笑)
 

最近××が流行ってますよね?

「最近××が流行ってますよね?」という発言で、時々返答に窮することがあります。
いやそれが流行っていたのはもう×ヶ月前だが・・・。
書店員の全てがあらゆる流行に敏感だというわけでは、もちろんありません。むしろ、書店員も大部分はごく普通の人間です。
しかし書店員は来る日も来る日も膨大な新刊にさらされることで(特に自分が担当するジャンルに関しては)過敏と言っていいほど「新しい」ということを意識させられます。
たとえば書店現場の多くの人間にとって「出版されたばかり」とは「配本されてから数日以内」のことであり、「最近出た」とは「10日以内」、「少し前になる」が「2ヶ月以内」で、「ずいぶん前になる」が「半年」だったりします。
これは一般の方々の認識とは非常に大きなへだたりがあります。
一般の方が「数年前」を「ずいぶん前」と表現するのはとても自然なことですが、書店現場の人間にとって数年前は「カンブリア紀」のことだったりします。頭の中に三葉虫がはい回ります。
ですから一番最初の『いやそれが流行っていたのはもう×ヶ月前だが・・・。』というつぶやきは、下手をすると書店員の頭の中では少なくとも明治維新頃になってしまっている危険性もあります。
さらに、書店員は、実は流行が嫌いです。
何かが流行すると様々な版元さんから次々とそれに関する本が出続け、挙げ句の果てには全く関わりもないような版元さんまで雑誌の増刊コードやムックを使って続々と参入してきたりします。
それらを全部受け入れていたら、本来定番として展示しておくべき商品まで返品して場所を空けなければ処理しきれなくなってしまいます。思い切って流行に乗ってみたら、平台の半分以上は全然売れなかったというような苦い経験を皆一度や二度はしていたりもします。
不思議なことに、どれもこれも良く売れたという経験はかなりあっさり忘れますが、売れなかったという経験は後々まで忘れません。
多分、山のような返品を「物理的・肉体的」に処理しなければならないので記憶に刻まれやすいのでしょう。
そんなわけで、今回のお話の一番最初につながります。
何かが流行っているから置いて下さい、というストレートな発言は、むしろ書店員にとっては空襲警報が鳴ったようなものです。
書店員の態度が正しいのかどうかと問うなら、もちろん正しくありません。きちんと耳を傾けるべきです。
しかし、反射的にそのように反応してしまいがちなのが、多くの書店員実態なのだということは、知っておいて絶対に損はありません。

※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。