イメージを強く作る

投稿者: | 2011年4月6日

カバの、三角の、激しく動く、しっぽ

自然保護は大切だと思います」と漠然と主張しても、それを聞く方は、反対はしないまでも、あくまでも一般論として冷静に「そうかもしれない」と受けるとめるだけです。

野生動物を守るべきだと思います」という少し具体的な主張に切り替えた場合はどうでしょう。
聞く人それぞれの中に、自分の好きな野生動物のイメージがそれなりに存在している可能性が高いですね。
ですから単なる一般論ではなく、少しは具体的な問題として受け止めてもらえるかもしれません。
しかし、まだまだです。まだ漠然としています。

カバを保護しましょう」という主張に切り替えてみます。
事例はとても具体的になりましたが、一方ではカバのことを良く知らない人々にとっては、かえって思い描くことが難しくなってしまったという問題が出てきます。
それまでは野生動物というくくりで、自分が思うところの野生動物(たとえばアザラシの子供、イリオモテヤマネコ、オオカミ、野生のパンダなどなど)を具体的に想定していたのに、カバ?いや…よく分からないけど。
アザラシの子供ならかわいいから保護してもいいかもしれないけど、カバはよく分かんないから興味ないよ。
…と、具体的にしてみたがためにかえって興味を失わせる可能性も出てきます。

カバの、三角の、激しく動く、しっぽ

カバといえば、私が真っ先に思い出すのは、普段は目立たない三角のしっぽです。
巨体の後ろにちょこんと下がっていて、あること自体うっかりすると気付かないくらいの、あのしっぽ。
カバは糞をした時あのしっぽを、ゆったりとした印象からは想像も付かない素早さで激しく振り回して糞を細かく飛び散らせる、という事を知った時の驚き。
それはまた、一体何事かと…。
どうやらこれはオスがなわばりを主張するためにやることのようですが、それにしてもやり方が強烈です。

…。
さて、カバがどのような動物であるかを図鑑的な意味では全く説明はしていませんが、このまま次に、今現在カバがどの国でどのくらい生息していて、その増減はどうであるか、という統計資料の話にいきなり入っても、大丈夫です。
なぜなら、聞き手の頭の中にはカバの激しく動くしっぽのイメージが残っているので、とにかく今相手が話しているのは「激しく動くしっぽで糞を飛び散らせる巨体の動物」の事だということは、実にはっきりとしているからです・・・それが、どんなものであれ。

最も強いイメージは細部にある

最も強いイメージは細部にあります。たとえそれが全体像を把握させるためのもの、つまり通常の「説明」に役立つものではなくても、です。

釈然としないかもしれませんが、あなたが誰かに恋をした時の記憶を思い起こしてください。片思いでも、ね(笑)
常に浮かんでくる、相手の「細部のイメージ」がありませんか?
指だったり、目だったりするかもしれません。
髪の毛が耳にかかっては落ちるというイメージかもしれませんし、襟元からのぞく鎖骨のくぼみというきわめて限定されたものかもしれません。
遠くからでもすぐに分かる(と自分では信ずる)独特の癖のある歩き方や、あるいは笑い方、しかも笑いを納める一番最後の瞬間の独特ののどの鳴らし方、かもしれません。

抱きついた時の肩胛骨の形という、言葉では説明しにくい、しかしあなたにとってはこの上なく大切な、触感かもしれません。
全身をくまなく平均的に思い浮かべるということは、めったにないはずです。
最も強烈なのは、細部です。
最も愛しいのも、細部です。

たったひとつの、強いイメージ

これは前回、『外国人のように』で述べたことにも通じます。
あの牧師さんは「神を信ずるか?」という、きわめて結論を出しにくく、それに関して会話を始めるのが困難なテーマを、私に把握させる必要がありました。
それを、at heart という言葉と胸部に軽く触れるという動作によって、あたかもその問題の核心は人間の胸部や心臓部分に存在しているかのような、きわめて限定された、具体的なイメージを与えています。
そのイメージが正しいのかどうかは、言ってしまえば、問題ではありません。
その細部の具体的なイメージが、様々なことに取り組むきっかけになっているからです。

この例のもうひとつの大切なポイントは、複雑でとらえにくい問題をひとつきりのイメージに集約させるということです。

「お父さんは星になったんだよ」と夜空を見上げるという、今ではギャグとしてしか使われなくなった故人を偲ぶやり方があります。
とても陳腐に思えるかもしれませんが、この場合は、正しいのかどうかに関係なく、夜空の星という強くてはっきりと目で確認できるひとつきりのイメージを示すことに意味があります。
多分お父さんは星にはいません。
しかし、キラキラと輝くひとつの星をじっと見つめることで、亡くなったお父さんにまつわる様々なことを考えたり、さらにはお父さんが亡くなったあとの自分の人生をどうするのかということを考えたりするための、安定した出発点をつかみやすくなるのです。

納得できない?
ではあえて、とてもむきつけな例をあげてしまいましょう。
墓標が存在していなくても故人の思い出が失われるわけではありません。
墓標の下という限定された場所に個人の魂が永久にとどまっているわけでもありません(魂の存在を信ずるとして)。
しかし、墓標があった方が残された者は心理的にあきらかに「対処しやすい」のです。
ひとつに集約されたイメージは、物事を考えたり判断したりするための足場を作ります。

経験してもらうための、イメージ

単に「説明」するだけでは伝わらないということ、また、商品がどのようにすぐれているかを述べるだけでは人を動かさないこと、をこれまで何度か言ってきました。

これは「相手の感情に訴えかける」という良く言われる話とは、少 し違います。
確かに感情が動かなければ人は行動はしません。
しかし、単に怒らせたり笑わせたりしても、それだけではその感情は直接何かと結びついたものではありません。
相手に経験してもらうことが必要です。
だからこそ世の中にはたくさんの「試供品」があり、「一ヶ月無料お試し期間」があり、化粧品売り場ではお試しメイクをしてもらえます。

直接経験させることが難しいものである場合には、出来るだけ詳しく説明する…
のではなく、
経験を想像してもらうことです。
どうやって?

カバの、三角の、激しく動く、しっぽです。
保護するために今すぐ何らかの行動を起こすべきなのは、あなたの目の前で激しく動いているそのしっぽで糞を飛び散らせている、何か巨体の生き物です。
脊索動物門 哺乳綱 偶蹄目 カバ科
学名 Hippopotamus amphibius ではありません。

頭の中でシャッターを切る

  • 最も強いイメージは細部にあります
  • ひとつに集約されたイメージは、物事を考えたり判断したりするための足場を作ります

すぐれた写真のキモが、トリミングの仕方やクローズアップの仕方にある場合が多いのと、全く同じです。
何を撮ったかは同じでも、トリミングで何を捨てたか、何に焦点を当てたかで、その写真が訴えかけてくるものは大きく違ってきます。
何かを相手に分かってもらいたい時、どうしても強く感じて欲しい時、それに向かってどうシャッターを切るか、と想像してみましょう。
上手く撮れたら、それをそのまま相手に見せましょう。
「説明」しないで。

※ご注意:一部の記事は書かれた時期が古いために現状と合わない場合があります
この文書の趣旨」でもご紹介しているように当コーナーが本にまとまったのが2008年(実際に原稿をまとめたのは2007年暮)なので、多くの記事はそれ以前に書かれています。
そのため一部の内容は業界の常識や提供されているサービス・施設等、また日本の世間一般の現状と合わない可能性があることにご注意下さい。